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シンポジウム2

「日本人画家の健康的な側面に光をあてる」

4月20日(日)15:00〜17:00

芸術家と同時代を生きる人々のための「健康生成学」──村上隆の創作活動と伝承の問題

牧瀬英幹(中部大学生命健康科学部)

★★プロフィール★★

 中部大学生命健康科学部准教授
 著書:『精神分析と描画──「誕生」と「死」をめぐる無意識の構造をとらえる』(単著、誠信書房、2015)、『発達障害の時代とラカン派精神分析──〈開かれ〉としての自閉をめぐって』(共編著、晃洋書房、2017)、『描画療法入門』(共編著、誠信書房、2018)、『リハビリテーションのための臨床心理学』(単著、南江堂、2021)、『描画連想法──ラカン派精神分析に基づく描画療法の理論と実践』(単著、遠見書房、2024)
 訳書:『HANDS──手の精神史』(共訳、左右社、2020)

 フロイトは、『モーセという男と一神教』の中で、次のように述べている。

「早期の外傷に対する反応を研究すると、その反応が厳密には現実に当人が体験したものには即しておらず、むしろその体験から離れており、系統発生的な出来事としての典型的反応にはるかに近く、総じて系統発生的な出来事の手本の影響によってのみ解明され得る、という事実に我々はしょっちゅう驚かされるのである。(中略)実際、ひとつの民族の古くからの伝承の存続について、あるいは民族特質の造型について語るとき、我々が考えていたのは、たいていの場合、このような遺産としての伝承であって、情報伝達によって伝播した伝承などではなかったのだ。(中略)たしかに、我々の意見は、後天的に獲得された性質の子孫への遺伝に関して何も知ろうとしない生物学の現在の見解によって、通用しにくくなっている。しかし、それにもかかわらず、生物学の発展は後天的に獲得されたものの遺伝という要因を無視しては起こり得ないという見解を、我々は控えめに考えても認めざるをえない」。

 ここで、フロイトは「情報伝達によって伝播した伝承」ではなく、「遺産としての伝承」=「後天的に獲得された性質の子孫への遺伝」に注目することが、人間の健康生成において重要になる点を指摘していると考えられるが、興味深いことに、このようなフロイトの指摘と同様のことを、現代美術家である村上隆もまた言及している。

「近代以降、現代の芸術における救済というのは今述べたようなある種、心の中に欠けた部分を持っているアーティストが、欠けたままで芸術作品を作っていることが芸術作品を見て理解できると、見たものは癒やされる、救済されるということがあります。だから、コンテクストには作家が考えているだけではなくて、その作家の持っている宿命みたいなものがこの重層性の中に飛び込んでいるわけです」(『芸術闘争論』)。

 両者の接点に注目することで、芸術家と同時代を生きる人々の「健康生成学」について新たな観点から考察していくことができるのではないだろうか。本発表では、村上隆(1962〜)の性格傾向や病理の問題と創作活動の関係性を明らかにした上で、その作品『見返り、来迎図』等を手がかりに、この問題について検討してみたい。なお、村上隆その人に関する考察については、十分な配慮のもと、主にその健康生成的な面に焦点を合わせながら行う。

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